韓国大統領選、誰が当選してもロクな展開は期待できない

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韓国大統領選の投開票が9日に行われる。

世論調査の支持率を見る限り、最大野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)候補(64)の優位は揺るがないようだ。どんでん返しがあるとしても、文氏と彼を追う野党第2党「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)候補(55)、あるいは朴槿恵政権の与党だった「自由韓国党」の洪準杓(ホン・ジュンピョ)候補(62)の接戦になるだろう。

それぞれの特徴をざっくり整理すれば、文氏は革新、安氏は中道、洪氏は保守ということになる。

この3氏はいずれも従軍慰安婦問題をめぐる日韓合意の見直しを主張していて、日本のメディアは「誰が当選しても日韓関係の悪化が懸念される」との見方を伝えている。だが、彼らのうちの誰が大統領になっても、本気で見直しに取り組むかは五分五分といったところではないか。

李明博政権と朴槿恵政権時代に日韓関係が悪化したのは、慰安婦問題での韓国政府の不作為を違憲とした憲法裁判所の判決(2011年8月)が出て、望むと望まざるとにかかわらず大統領の最優先課題となったからだ。しかし日韓合意を経た現在の状況は、当時とは違う。新政権はその気になれば、以前よりは柔軟な対日外交ができるはずなのだ。

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より問題なのは、対北朝鮮政策である。ハッキリ言って、誰が当選しようとも、ロクな展開になりそうもない。

文氏は他陣営からの「従北(北朝鮮追従)」批判も意に介さず、北朝鮮との新たな経済協力構想をぶち上げた。それが実現したら、金正恩党委員長は「核と弾道ミサイルを放棄せよ」との忠告に耳を傾け、国民に対する人権侵害を止めるのだろうか。

とうてい、そうは思えない。正恩氏はむしろ「韓国が軍門に下った。核武装はやはり正しかった」と考えるはずだ。正恩氏は父親にも増して、核兵器を独裁権力の拠り所としているのだ。彼が独裁者である限り北の核開発は止まらないのである。

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その辺の理解は、文氏などより、北朝鮮の庶民の方がよほどシビアなものを持っているような気がする。

(参考記事:「いま米軍が撃てば金正恩たちは全滅するのに」北朝鮮庶民のキツい本音

一方、文氏を批判する安氏と洪氏は、北朝鮮の締め付けを主張する。とくに洪氏は選挙演説で、「有事の際には軍を北進させ、金正恩ら指導部を除去して国土を制圧する」とまで言ってのけた。

ところが現地のジャーナリストによれば、「この発言はネット上で『頭がおかしいんじゃないか』『ぜったいに投票しない』と叩かれまくった」という。書き込んだのは主に、息子を兵役に送っている親の世代だ。北朝鮮は核兵器を持って待ち構えているのに、そんなところへ息子を送るなどとんでもないというわけだ。

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韓国社会の厭戦ムードは、2年足らず前(2015年8月)の軍事危機と比べても強まっている。北朝鮮の仕掛けた地雷爆発に端を発したこの危機の時にはまだ、「やるなら、やってやろう」という気分が出ていた。

つまり韓国の政治指導者は、北朝鮮の核武装を受けて、金正恩政権との「対話」と「対決」のいずれを選択しても巨大なリスクを抱えるという、袋小路に追いやられてしまったわけだ。

この状況を克服するためには、韓国が総力を挙げて、北朝鮮の民主化に取り組むしかない。途方もない時間と労力がかかるだろうが、道はそれしかないのだ。

だが、韓国国民の多くは、有名大学を卒業した若者までが就職に苦労する閉塞感の中で、北朝鮮になど関心すら持てないのが現状である。そして、この問題の解決に手間取っている間に、北朝鮮の安保リスクはいっそう膨張して、次元の異なる閉塞感となって韓国社会に覆いかぶさる。

たとえ誰がなるにせよ、韓国の大統領の前には、不可能なまでに困難な課題が山積しているのだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

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