北朝鮮の拷問の実態

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日本ではさほど注目されないが、国際社会は核・ミサイル開発と並び、北朝鮮における著しい人権侵害を批判し、変化を促すために様々な施策を行っている。その成果によるものか、北朝鮮国民の間に人権意識が芽生えつつあり、当局の横暴に対抗する重要な武器となっている。

北朝鮮国内のデイリーNK内部情報筋から寄せられた、ある事件に関する情報からは、そのような意識の変化が読み取れる。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)会寧(フェリョン)に住むチェさんは、デイリーNKに2011年5月に平壌で起きた事件の顛末を伝えた。

咸鏡南道(ハムギョンナムド)出身の女性、チョンさんは、咸興(ハムン)第1師範大学に通っていたが、その秀才ぶりを認められ、最高学府の金日成総合大学の哲学科に編入した。彼女は、大学にほど近い平壌市内の大城(テソン)区域にある家に間借りして勉学に励んでいた。国の将来を担う立場に立つという、将来が約束されたはずだった。

ところがある日のこと、大家のおばあさんが何者かにより殺害された。それも、果物ナイフで12ヶ所を滅多刺しにされ、電話コードで首を絞められるという極めて残忍なものだった。

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事件の容疑者として逮捕されたのは、その家に住んでいたチョンさんだった。連行されたのは、事件が起きた大城区域の保安署(警察署)ではなく、隣接する牡丹峰区域の保安署で、事件を担当したのは、人民保安省予審局上級参謀のパク・ソンイル上佐、殺害されたおばあさんの娘と内縁関係にあった人物だった。チョンさんを容疑者として通報したのはこの娘だった。

逮捕当日、チョンさんはパク上佐のオフィスに連行された。そして「お前がやっていないのは知っている。罪を軽くするか、場合によっては無罪にしてやる」と告げ、レイプした。そして「今日のことは誰にも言うな」「言えば命はないと思え」と口止めした。

この事件を知らせてきたチェさんは言及していないが、パク上佐は、内縁の妻を通じて、チョンさんの両親が咸鏡南道の労働党の幹部であることを知り、性上納、金品の上納を迫る目的で、内縁の妻にわざと通報させた可能性がある。つまり、グルだったかもしれないということだ。容疑者から暴力を振るいカネを巻き上げるのは、北朝鮮の悪徳警官の常套手段だ。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

北朝鮮の拷問メニュー

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しかし、チョンさんは性的暴行にも拷問にも屈さず、身の潔白を訴え続けた。業を煮やしたパク上佐は、戒護員(留置係)に指示して、次のような拷問を加え続けさせた。

◯手錠で鉄格子に縛り付け、一睡もさせない

◯太ももとふくらはぎの間に材木を挟ませ締め上げる

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◯顎が膝に付くほどのスクワットを1日3時間以上やらせる

◯膝から下を鉄格子の外に出させて靴で蹴り続ける、避けようとすれば、髪の毛を掴み、鉄格子に打ち据える

そんな拷問を受けつつもチョンさんは「痛い!暴力はやめて。私は潔白です。これは人権侵害です」と訴えることをやめなかった。

事件が起きたのは今から6年前だが、最高学府に通うエリートだったチョンさんは、拷問が人権侵害であることを知り、抗議していた。今では、一般庶民でも権力者による横暴に抵抗するようになった。韓国や米国のラジオを通じて市民としての権利を知ったからに他ならない。

(参考記事:「ガサ入れするなら令状を見せろ!」金正恩体制に抗議を始めた北朝鮮市民

パク上佐は「留置場にいるくせに何が人権だ!」と逆上し、戒護員に「人権がどんなものか身をもって教えてやれ」と指示を下した。

戒護員は、チョンさんに足かせをして逆さ吊りにし「思う存分人権を叫ぶがいい」と拷問を始めた。足かせに足首の骨が削り取られる恐怖を感じたチョンさんは、「助けてください、死にそうです、外してください」と叫び、ついに嘘の自白をしてしまったという。2011年5月15日から始まった拷問は、翌年の1月15日までの8ヶ月間続いた。

北朝鮮の拷問、証拠不十分で釈放

やがて裁判の日がやって来た。牡丹峰区域裁判所の被告人席に座らされたチョンさんは、検事の冒頭陳述が終わるやいなや、堰を切ったように保安署でいかにひどい拷問に遭ったかについて語り始め、陳述はすべて強要によるものだったとし、無罪を主張した。

結局裁判長は、証拠不十分を理由にチョンさんを釈放した。しかし、チョンさんの苦しみはそれで終わらなかった。

拷問で身も心もズタズタにされたチョンさんは、平壌を離れ故郷の咸鏡南道に戻ったが、家はもぬけの殻となっていた。両親には連座制が適用され、労働党の地方幹部の職を解かれ、どこかに追放されていたのだ。

チョンさんは朝鮮労働党組織指導部と中央検察所に「信訴」の手紙を送った。これは、国家機関から理不尽な目にあったことを訴える制度で「目安箱」のようなものだ。金正日政権以降に形骸化したと言われていたが、チョンさんの訴えは運良く取り上げられた。そして、担当者全員が降格処分を受け、両親は元のポストに復帰した。組織指導部の指示による処分ならば、パク上佐らはチョンさんに報復もできないだろう。

(参考記事:「訴えた被害者が処罰される」やっぱり北朝鮮はヤバい国

しかし、チョンさんの苦しみは続いている。長期に及んだ拷問の後遺症で立てなくなり、車椅子生活を余儀なくされている。また、国の将来を背負って立つ夢も閉ざされてしまった。そこで、チョンさんは、濡れ衣をはらすと同時に、北朝鮮の人権の実態を海外に知らせたいと、自分の体験をチェさんに託した。

記事では、パク上佐以外の捜査担当者の実名は伏せられているが、彼らの個人情報は、いつの日か行われる人道に反する犯罪の訴追のために記録されていることだろう。

(参考記事:殺人・拷問・強姦…金正恩氏の「極悪警官245人」の手配書

政治犯収容所出身者が描いた拷問の様子(クレーン拷問、飛行機拷問、オートバイ拷問)
政治犯収容所出身者が描いた拷問の様子(クレーン拷問、飛行機拷問、オートバイ拷問)

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

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