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13日に板門店の協同警備区域(JSA)を突破して亡命する過程で銃撃を受け、治療を受けていた朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の兵士が20日午前までに意識を取り戻した。一部の韓国メディアによれば、兵士は「ここは南側(韓国側)ですか」「韓国の歌が聴きたいです」などと話したという。

兵士はその後も回復を見せ、自身の名をオ・チョンソン、25歳の下士官であると明かし、「テレビを見たい」と語ったと京郷新聞が22日付で伝えた。

北朝鮮では、韓国の歌――K‐POPなどの歌謡曲や韓流ドラマが人々の絶大な人気を得ている。しかし、それらを視聴したり頒布したりすることは厳禁されており、当局にバレたら重罪に問われる。捕まれば、取り調べで拷問を受けた上に投獄されるのは免れない。それを恐れ、摘発されるや自らの命を絶ってしまう若者も少なくないという。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

亡命した兵士は、軍事境界線近くで車を降り、銃弾の雨の中を徒歩で南側へ逃げ込むという冒険に出ており、よほど切羽詰まった状況で脱北に踏み切ったと見られる。部隊内でK-POPを聞いたり、音楽ファイルを仲間に提供したりしたことが発覚し、逮捕寸前に逃げ出した――もしかしたら、亡命の背景にはこんなことがあったのかもしれない。

実際、北朝鮮においては最前線の軍人ほど、韓国文化の影響を受けているフシがある。

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韓国軍は2015年8月10日、それまで11年間にわたり中止していた対北宣伝放送を再開した。この直前、北朝鮮側が仕掛けた地雷で自軍兵士の身体の一部が吹き飛ばされたことに対する報復である。

(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士…北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

宣伝放送は、軍事境界線付近に大型拡声器を設置し、大音量で様々な情報を流すもので、昼夜問わず一日に2時間から6時間、不規則に流されるという。出力を最大にすれば夜間は約24km、昼間は10 kmほど離れていても視聴可能だ。

そしてその放送内容には、韓国社会の豊かな現実や北朝鮮の体制を批判する内容とともに、韓国の美少女歌手(ガールズグループ)らが歌うヒット曲も含まれているとされる。

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それにしてもなぜ、地雷爆発の報復でK-POPを流すのか。それは、政治的な放送内容は北朝鮮側の思想教育で上書きされてしまう可能性があるが、人間の感覚を刺激する音楽はいつまでも脳裏に残るためだ。

また韓国と対峙する最前線では、人里離れたところに少人数の部隊が配置されているケースが少なくない。そういった場合、部隊全員がグルになり、リアルタイムで韓国のテレビ放送を受信。美人タレントの出演するバラエティ番組にクギづけになっているという。

(参考記事:北朝鮮軍の兵士の心の支えは「恋のからさわぎ」

今回の亡命兵士の動機に、本当にK-POPや韓流ドラマが関係あるのかどうかを知るには、本人が語るのを待たなければならない。しかし、彼が亡命前から韓国の音楽を好んでいたこと、そして海外から流入するエンタテインメントが、徐々に北朝鮮軍を動揺させていることは間違いない。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記